中央大学学生歌「惜別の歌」のナレーションを伝承しよう!

本学の卒業式で中央大学の学生歌として歌われている『惜別の歌』。
昭和19年につくられ、66年経た今日も歌い継がれています。
作曲したのは本学OB(昭和25年法卒)の藤江英輔氏で、中大予科生当時に、召集令状がきて、戦地に赴くことになった学友に哀惜の情を込め、島崎藤村の詩にのせて曲をつけました。
時代が移り変わっても、人の心情を揺さぶり続ける歌は、歓送迎会や同窓会などでも歌い継がれています。

今回、この「惜別の歌」にナレーションをつけて、この歌と共に語り継ぎたいと各方面で伝承活動を続けている「勝山達志」さんをご紹介し、そのナレーションを皆さんで伝承していただきたいという企画です。

勝山達志さん


勝山達志さんが所属する47白門会では、総会や新年会等の解散時に、校歌、応援歌と共に「惜別の歌」を勝山さんのナレーションを挟んで肩を組んで歌い、再会を誓う事が習わしとなっています。
 今般、勝山さんは闘病生活を続けておられ、自分がいなくなったら、このナレーションも継続する方がいなくなることを危惧されています。
中大生や同窓生の方に一人でも多くの方に、ナレーションを継承して欲しいというのが願望です。

勝山さんは、アナウンサーになりたくて、中学卒業後に進学した国立工業高専を 1 年で中退し県立高校に入学し直して、『地元の大学に行け』という親の反対を押し切り、アルバイトしながら卒業出来るだろうと中央大学に進学しました。

 そして、生活費や学費はアルバイトで工面しながら、入学直後に放送研究会に入ってアナウンサーを目指すことになりました。
当時の中大放研は、毎年全国の放送局に複数のOBが入社する実績を誇るサークルだったようです。

当時アナウンサー志望者に最も人気の有った東京のキ―局・ニッポン放送にアナウンサーとして入社出来、高校時代からの憧れだった『オールナイト・ニッポン』のパーソナリティも務められました。
写真は、彼が絶好調で、全国DJベストテンで6位になった27歳の時のものだそうです。
(局アナで10以内は彼だけで、上位には笑福亭鶴光や谷村新司、野沢那智、さだまさし、吉田拓郎がいたそうです)

47白門会での「惜別の歌」
「オールナイトニッポン」パーソナリティ時代

学生時代に、金も力も無く心細い生活の中で出会ったのが「『惜別の歌』の語り」でした。
 1 年生の時、中大マンドリンクラブの司会も担当されていた放研の先輩の安藤幸子さんが文京公会堂での定期演奏会に誘ってくれたのが契機となり、安藤さんが語られた『惜別の歌』誕生にまつわるエピソードに感激して、何とか自分も習得しようと思い立ちます。
 心に響いて来た安藤さんのアナウンスの力も有ったと思いますが、授業料が安いというだけで入学した大学には、平和を願うこんな素敵な歌があり、それを歌い継いできた歴史も有ったのかと、母校を見直して誇りに感じ、すっかり魅了されてしまったとの事です。

 小型の録音機など無い時代でしたので何回か演奏会に通い聞き書きして記憶しました。
その間に、中大マンドリンクラブの司会者は安藤幸子さんから放研の後輩で彼と同期生だった若林緑さんに替わり、彼も『アナウンス研究会』の設立メンバーに加わって放送研究会は退会しました。

中大マンドリンクラブ

当時、この語りの表現を彼なりに修正し、「惜別の歌」の2番の歌詞の部分とその前後の間奏の部分に語りを入れる形に纏め直したものの、内緒で覚えた引け目やマンドリンクラブの了承も得ていなかったことから、30年以上封印していたそうです。

 しかしその後、この語りを残しておかなければと考え、年に1回行われるアナウンス研究会のOB会で披露し始め、仕事関係の酒席などでも小林旭さんの歌のカラオケに合わせて披露するようにしたそうです。 
そうした際に、他大学出身者から「中央には こんな素晴らしい歌があるのですか?羨ましい」と毎回のように言われ誇らしかったそうです。

そんな折、47白門会で披露した所、中大電気同窓会会長でもある飯塚信市さんが真っ先に声をかけてくれ、今では電気同窓会の懇親会で披露することが毎年の励みとなっているそうです。

中大電気同窓会でのナレーション
中大理工学部ホームカミングデーでのナレーション

 9年前『惜別の歌』を作曲された藤江英輔さんが亡くなられ、それを機に、彼が記憶し披露して来た語りはフィクションだったことが分り、そこで、資料を調べ事実関係に沿った文章を構成したそうです。

 また、過去の2人の女性司会者やマンドリンクラブの方々も探し出し、経緯をお話して諸々の了承を得て、当時、卒業後も演奏活動を続けていたマンドリンクラブOBの方々からは母校のためなら自由に使って良いと『惜別の歌』の演奏CDも送って戴いたそうです。
2016年のホームカミングデーでは、数百人の同窓生が肩を組んで、このマンドリン演奏で『惜別の歌』を合唱する盛り上がりとなりました。

ホームカミングデー

肩を組んでの参加者
同窓生の方々

写真提供 :47白門会 佐藤英一さん  中大電気同窓会 柳下敏男さん


--勝山さん談--
「母校・中央大学では、学生の圧倒的多数が惜別の歌そのものさえ知らないという状況がもう数10年続いています。
私は元々アナウンサーとしての素質には恵まれておらず日々の研鑽を頼りに何とかこれまで凌いで来ました。
体力の衰えは感じつつも、惜別の歌誕生の経緯と母校の誇りを伝える活動は続けて行きたいと願っております。
一人でも多くの同窓生が『惜別の歌』を歌い、歌に込められた平和への思いを語り継いで戴けたら幸いです。」と彼は話してくださいました。

■第31回中央大学ホームカミングデー(「惜別の歌」とナレーション:動画) 1:06:30のあたり

卒業50周年企画「島崎藤村生誕150周年!『惜別の歌』が中大生の心震わせた時代」


参考「創立125周年を迎えて」

特別講演(中央大学・学生有志の会主催)
中央大学学生歌『惜別の歌』の作曲者 藤江英輔氏 (昭和25年法卒)が語る、その生い立ち
人との変わらぬ年齢差があっても長い歳月、本学の卒業式で中央大学の学生歌として歌われている『出会いと別れ』を曲に託す。

特別講演集
「惜別の歌」由来語り
「惜別の歌の語り」恋愛篇

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です